長続きするエコタン
量販店と仕組みは一緒で、必要最低限の機能に絞った製品なら、自ずと価格は安く提供できる。
商品力とは、誰がどんな基準で決めるべきものなのかはっきりしていない。
商品は、それを作るメーカーと買う消費者、そして作り手と買い手を繋ぐわれわれ流通という、三つの存在から成り立っている。
商品性が優れているとか、商品力が強いというのは、この三つのどのサイドから見るかで、全然異なってくる。
私は自分で扱う商品を決める際、まずメーカーが作った商品パンフレットをじっくり眺めることにしている。
しかし、ほとんどの場合、巻頭ページは、新開発した機能や最新のテクノロジー、メカニズムなどを謳ったものになっている。
そうすることで優れた商品性を強調しようとしているのだろうと思う。
だが、消費者から見れば、それが一読しただけでは判断がつかない。
多くは難解な専門用語で彩られているからだ。
しかも、メーカーにとって「当たり前」となった機能や情報は、パンフレットの最後のほうに、付け足しのように記載されているのが実情。
がそれが消費者にとっての「当たり前」とはならない。
メーカーは消費者ではなく、他社メーカーのほうを向きながら開発競争に鎬を削っているのではないか。
消費者にとって一番大事なことは、どんな商品がいくらで買えるかである。
すべての消費者が、フル装備の多機能商品を求めているわけではない。
機能が少ない商品でも、それに見合った価格が設定されていれば、欲しがる人はいるのである。
こういった送り手と受け手の「温度差」を認識した上で、その商品のウリを的確に見抜いた選択型の商品提案はなされる。
こうしてあのセールストークも可能になってくるのだ。
家電分野では様なアタッチメントでの需要が想定できる。
次は電子じゃを買い替えよう。
そろそろ新しいポットが欲しいな……。
そんな日のニーズに、電話やネットの向こうの「大きな大きな町の電気屋さん」が応えてくれる。
私はJをそんなイメージで捉えた。
そして、Tさんはまさしく町の電気屋さんらしく、故郷・長崎を離れようとしない。
佐世保で仕事ができるのがなによりのようだ。
「ネット販売は三年前からやっていますが、iモードの申し込みなど一日に八〇〇〇件あった日もありました」Tさんはこれをあるテレビの報道番組の取材で、「通販が世界的戦略を練ることができる時代」に入ったと表現していた。
しかし、今のJの好調は、Tさんのこうした真摯で柔和な、田舎紳士的なキャラクターに負う部分がかなり大きいのではないか?私は取材の最後に率直にそうぶつけてみた。
Tさん、あなたはケンタッキー・フライドチキンのカーネルーサンダースに近い存在ではないですか?サンダース大佐白身が最早チキンを売ることはないが、ずっとああしてケンタッキーのシンボル人形として店頭に立っている。
「JTイコールあなた」なんです。
ブラウン管の中であなたが薦めるから買うというお客さんが圧倒的に多いのでないでしょうか。
私か勢い余って捲し立てると、Tさんはこう答えた。
私以外の喋り手で番組が成立するところまで来ました。
テレビも、時機が来ればいつでも引退していい、と思っています。
今は私の顔で買っていただくことが多いとしても、メジャーミックスや自前主義で企業のメッセージを発信し続け、ブランドカをつけていくことで、いずれ『JT』という企業から買い物をしていただけるようになればいい。
今は過渡期だと思っています」いずれにしろ、Tさんは売り手の見えないのが当然の通販に見事な「顔」を持たせた。
こうしたTさんのトライアルの中に通販の真髄がこもっているといえよう。
つまり消費者が何をよりどころに通販に参加しているかというと、一位はカタログ(五二・六%)である。
以下、テレビ、雑誌広告、DM(ダイレクトメール)、折込み、ネットとほぼ二〇%平均で、どんぐりの背比べといった印象だ。
カタログ通販こそ、通販の歴史の中で、最大の功労者といっても過言ではない。
特に一九八〇年代に入り大ブレイクを遂げるのだが、本章ではその中で今も昔も王道をいく、総合カタログ通販の動向について取り上げてみたい。
頒布会からスタート「千趣会」日本の総合カタログ通販を代表する千趣会の本社は大阪市北区にある。
市の中心部にもかかわらず、周囲は静けさに満ちている。
同社を訪れた私を、まず総務部部長のT・Kが出迎えてくれ、彼が一通り会社の概況を語ってくれた頃に、同社のカタログの要であるファッション事業部門の二人の長が現れた。
同事業部長のT・M、同スタイル開発部長のM・Sだ。
「第一とかにこだわるより、まず自分らの売りたいもんをはっきり、ささなっちゅう社風ですな」T・Mは同社の社風をそう説明する。
ところで、一九八〇年代後半から九〇年代を通じて演じられた、千趣会とセシールとのデッドヒートは有名だ。
一六〇〇億円と、九七~九八年がピークでした」九〇年には東証、大証一部に同時上場。
バブル期以降は大量に印刷し配る、物量勝負の時代だったとT・Kは回想する。
「部数にして最高総計なんと年間九〇〇〇万部!方をいくら続けても、カタログの印刷や配送コストに見合わなくなってくる。
もっと効率よく、利益が出る体質にしていかないと。
ようやく持ち直していこうかというところですよ」二〇〇一年度を除き、ここ数年売上げトップの座を守り、カタログ専業の雄という印象がある。
まだ若い女性の人生最大のゴールが、揺るぎなく結婚と見なされていた時代、頒布会からスタートした同社は、未婚女性に夢を与える民芸こけしと、料理や手芸の専門誌販売で大きくなった。
それが、花嫁道具として具体的に必要不可欠な物品販売へと業態転換を図った。
当初こそ綺麗な商品、コレクタブルな商品が主流だったが、次第にその領域も拡げていく。
三一~二三歳が中心の顧客対象も大幅に拡がった。
それでも男性客は圧倒的に少ないという。
「見た目もお洒落でしょう?社内履きとしての利用者が大変多い」(T・K)「二足の木型が五〇〇万円かかったちゅうのもあったわな」(M・S)確かに丁寧な作りで、デザイン的にもブランド物の婦人靴とそれほど差はなく、サンダルやスリッパなどで過ごすよりずっといい。
女性の働く職場を足がかりに、OL通販で成功してきた同社らしい気配りの品だ。
最初の成功は「こけし」なぜ、千趣会が長年にわたって女性の心をつかみ続けてきたか。
それは、会社の歴史に大いに関わってくる。
千趣会創業社長のT・Tは、現社長行待裕弘の叔父が経営する、山梨の天巧ゴムエ業という会社で仕入れを担当していた。
しかし一九五三年九月、天巧ゴムの本社と工場が火災に遭ったことから、T・Tと行待は独立して自転車タイヤの卸を始める。
そして、翌年早から頒布会のシステムは、京都の老舗陶器店で陶磁器小売業界第一位の「たち吉」が考案したという。
毎月会費を払い込み、結婚支度のための陶器を必要なだけ購入できるというもので、昭和三〇年代から四〇年代にかけて大流行した。
月、テーマに沿った、バリエーションに富んだ商品を提供するのが特徴で、このシステムが現在、「北海道味めぐり」などといった、グルメ通販として確固たる地位を築いている。
味楽会のスタートは順調だったが、ちょうど梅雨の時分に配布予定の落雁からカビが発見され、事業自体にストップがかかってしまった。